ひとひら通信2013/3月


 


 

 
 


  「散る桜、残る桜も散る桜、裏も表も見せ散るもみじ」


「散る桜、残る桜も散る桜、裏も表も見せ散るもみじ」

ちょうど3年前の今頃、僕はニューヨークの劇場カフェラママの客席にいた。
真っ暗な舞台に紋付袴の父・二郎さんが緊張した姿で登場し、いつもより少し高めの声で僕らの前でうたった。
二郎さんがニューヨークでうたう。思案橋がニューヨークで披露される・・・・こんな物語がまっているなんて、誰も全く予想だにしていないことだった。

元来人間嫌いの二郎さんが僕のやっている店げんきに現れる時は「好きな人」が来ているときだ。
まず嫌いな人には近づかないし、話しかけもしない。下田さんが店のカウンターに座っていると、すっと勝手口から入ってきて、気がつくと横に座り、下田さんにビールを注ぎ自分もビールを呑む。
いつのまにかビールは焼酎にかわり「下田さん」が酔いがまわってくると「下田しぇんしぇい」になる。そして習いたてのギターや唄がはじまる・・・この光景を僕はカウンター越しに何度も眺めていた。
頼まれてもいないのに下田さんのコップにどんどん焼酎を注ぐ。二郎さんは下田さんと呑むのが大好きだった。

「この人の唄はなんちゃないねぇ」僕らが暮らすかつて炭坑で栄えた福岡筑豊の端っこ、三郡山のふもとにひとひら工房が移って来られて数ヵ月後、NHK−BS「フォークの達人」で下田さんの唄を初めて聴いた。
恥ずかしながらそれまで僕らは下田逸郎という人がどういう人なのか全く知らなかった。
「なんちゃないねぇ」と言っていた下田さんの唄にいつの間にか二郎さんは魅了されてしまう。
フォークの達人の嘉穂劇場でのライブの音は誰よりも二郎さんと僕が聴いたはずだ。
近年のげんきでのライブ、下田さんが歌っている傍で、ほろ酔いの二郎さんが嬉しそうに口ずさみ「今日のライブは下田さんのライブか二郎さんのライブかかわらなかった」とお客さんが笑う。下田さんの唄が大好きだった。

下田さんと一緒に呑んだその夜、二郎さんは逝った。酒のみの二郎さんらしく、酔っ払ったまま階段を落ち、酔いが覚めたころそのまま逝ってしまった。酒のみには最高の逝きかただ。
その夜、「オレもやるときはやるばい」「来年はもっと自由に生きる」と何度も言っていたらしい。見事にやるときはやり、自由になった。我が父ながら天晴れだ。「首まで曲がってしまった」ベロンベロンに酔っ払った二郎さんが僕に、自分の曲がった首のことを言ったことがあった。写真に写るのが大嫌いだと。
でも、首が曲がったから曲がらなかったものがあったのだと僕は思っている。諦めなかった、いや諦めたからこそ、下田さんと出逢え、人間には描くことのできないようなこんな素敵な物語は訪れたのだと勝手に思っています。
僕にはまだまだ手放しで飛び込んでいく、溶けていくようなあの酒の飲み方は全くできそうにない。裏も表も見せるにはまだまだなんだろう。二郎さんが酔っ払い、わけのわからない独特の間で「よし、オレが歌おう」と突然歌い始めるあの感じが好きだったんだと二郎さんが死んでしまって気がついた。

2012年12月30日 二郎さんが逝きました。
今度の連休、遺言どおり二郎さんの愛したお山「三郡山」に散骨します。
二郎さんの物語をつくってくださったみなさん、ありがとうございました。

                  2013.2.28 宮ノ上げんき 田中仁










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■2001年9月:●『君の色』レコーディング日誌。●『君の色』が完成してふと想ったこと。
■2001年5月:●『旅の途中にて』
■2001年1月:●『南太平洋の話』
■2000年11月:●『フォトアルバム』下田逸郎、加川良、松山千春のコンサートの模様
■2000年9月:●『この唄』下田逸郎エッセイ
■2000年7月:●『ワルツの時間』12枚の絵。下田逸郎エッセイ
■2000年6月:●『ワルツの時間』レコーディングを終えて
      ●下田逸郎ロングインタビュー最終回
■2000年5月:●『ワルツの時間』レコーディングが始まります
      ●下田逸郎ロングインタビュー2
■2000年4月:●東由多加に捧げる●『ワルツの時間』レコーディングを直前に控えて
      ●下田逸郎ロングインタビュー1
■2000年3月:●レコーディング日誌。●「遺言歌」の紹介記事掲載。
■2000年2月:●たゆたい ストリングスアンサンブル誕生!。●「遺言歌」の紹介記事情報。
■2000年1月:●「時間を越えるチャンス」。●XXX情報。
■1999年12月:●「1999年のラブソング」。●XXX情報。
■1999年11月:●「弓矢のように」譜面。●XXX情報。
■1999年10月:●TVCMで「セクシィ」流れてます。
      ●映画「皆月」で「早く抱いて」が主題歌に。
■1999年夏号:●「下田逸郎物語」本&2枚組CD発売しました
■1998年秋号:●「PARIS 湯玉 HAWAII」&「いきのね」レコーディング日誌
■1997年春号:●「あ・そ・び・な」全曲紹介&レコーディング日誌



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